「専門家」の言葉、どこまで信じるべきか?権威に惑わされない批判的思考のヒント
情報過多の時代に「専門家」の言葉とどう向き合うか
私たちは日々の生活の中で、テレビ、インターネット、ニュース記事など、さまざまな媒体を通して「専門家」の意見に触れる機会が多くあります。健康問題から経済の動向、環境問題に至るまで、専門家とされる人々の見解は、私たちの判断や行動に大きな影響を与えることがあります。
しかし、これらの専門家の言葉を、私たちはどこまで信じて良いのでしょうか。あるいは、どのような視点を持って受け止めるべきなのでしょうか。単に「専門家が言っているから正しい」と盲目的に信じるだけでは、情報の本質を見誤ったり、意図せず誤った情報に流されたりする危険性も潜んでいます。
この記事では、専門家の言葉が持つ力と、それに惑わされないために必要な批判的思考の視点について深掘りしていきます。
なぜ私たちは「専門家」の言葉を信じやすいのか
人間は、特定の分野に深い知識や経験を持つ「専門家」とされる人々の意見を尊重し、信頼しやすい傾向があります。これは、私たちが複雑な世界を理解し、迅速に判断を下す上で、ある種の効率的な思考パターンとして機能しているとも言えます。専門家の意見は、あたかも確かな保証のように感じられるため、安心して情報を受け入れがちです。
この心理的な傾向は、「権威に訴える論証」と呼ばれることがあります。これは、ある主張が正しいとされる根拠として、その主張をしている人物が「専門家である」「権威がある」という事実を持ち出す論証形式です。もちろん、専門家の意見が正しいことは多く、その知識は社会にとって不可欠です。しかし、この論証が常に正しいとは限りません。
例えば、テレビの健康番組で「有名医師が推奨する健康法」が紹介されると、多くの人がその情報に飛びつきがちです。しかし、その「有名医師」が本当にその健康法の専門家なのか、あるいはその健康法に科学的な裏付けがあるのか、といった具体的な問いかけをせず、「有名だから」という理由だけで信じてしまうことはないでしょうか。このような状況で、私たちは無意識のうちに権威に影響されている可能性があります。
権威に惑わされないための批判的思考の視点
では、専門家の言葉をどのように受け止め、批判的に吟味すれば良いのでしょうか。以下の視点を持つことで、情報の真偽を見極める力が養われます。
1. その専門家は、本当にその分野の専門家か
これは最も基本的な問いかけです。発言している人物が、本当にその話題に関する深い専門知識を持っているのかを確認することが重要です。
例えば、ある科学者が環境問題について意見を述べていたとします。その科学者が地球物理学の専門家であれば、その意見には重みがあるでしょう。しかし、もしそれが生物学の専門家であった場合、もちろん学術的知見はあるでしょうが、地球物理学の知見と完全に一致するか、あるいは同等の専門性を持つかについては、注意深く考える必要があります。あるいは、タレントとして活躍する医師が、必ずしも特定の病気の最新治療法に精通しているとは限りません。専門家にも専門分野があり、その発言が専門分野と一致しているかを見極めることが肝要です。
2. 発言の根拠は明確か、複数の情報源と比較できるか
専門家の意見が、具体的なデータ、研究結果、論文などの科学的根拠に基づいているかを確認しましょう。単なる個人の経験談や主観的な意見、あるいは「私はそう思う」といった曖昧な表現だけでは、その意見の信頼性は低いと言えます。
さらに、その意見が一般的な専門家の間で共有されている見解なのか、それとも特定の専門家だけが主張しているものなのかを比較することも大切です。例えば、ある研究で「〇〇という食品ががんに効く」という結果が出たとしても、他の多くの研究では同様の結果が出ていない場合、その情報には慎重になるべきでしょう。主流の見解や複数の信頼できる情報源と照らし合わせることで、情報の偏りを見抜くことができます。
3. 利益相反の可能性はないか
専門家が特定の企業や団体と関係があり、その意見が商業的な利益や政治的な意図に基づいている可能性はないか、という視点も重要です。
例えば、特定のサプリメントを推奨する医師が、そのサプリメントを製造・販売する企業から報酬を受け取っている場合、その医師の推奨が純粋に科学的根拠に基づいているのか、それとも経済的な動機が含まれているのかを疑う必要があります。また、環境問題について発言する専門家が、特定の産業からの資金提供を受けている場合も同様です。情報の背後にある「動機」を探ることは、情報の客観性を判断する上で欠かせません。
4. 発言の文脈は適切か、切り取られた情報ではないか
ニュース報道やインターネット上の記事では、専門家の発言の一部だけが切り取られ、本来の意図とは異なる文脈で紹介されることがあります。元の発言全体や、その発言がなされた背景を確認することで、情報の歪みを避けることができます。
例えば、「この治療法は一部の患者には効果があった」という専門家の発言が、「この治療法は効果がある」と短絡的に報道されることがあります。このような場合、「一部の患者」という重要な条件が抜け落ちており、全体像を誤解させる可能性があります。
日常生活での実践例
これらの視点は、私たちの日常生活の様々な場面で役立ちます。
- テレビの健康番組で紹介される「名医」の意見: その医師の専門分野は本当にその健康法なのか、推奨される健康法の科学的根拠は何か、他の医師も同様の見解か、といった問いかけをしてみましょう。
- インターネット上のブログやSNSで拡散される「専門家の見解」: その人物が本当に専門家か、その見解の根拠はどこにあるのか、出典は明記されているか、といった確認が重要です。特に、極端な主張や「秘密の健康法」のようなものには注意が必要です。
- ニュースで引用される専門家のコメント: 発言の引用元を確認し、可能であれば元の論文や報告書にあたってみることで、情報の正確性を高めることができます。
まとめ:専門家を「利用する」批判的思考の力
専門家の言葉は、私たちが複雑な世界を理解し、より良い判断を下すための重要な手がかりです。しかし、その言葉を盲目的に受け入れるのではなく、その背景にある「なぜ」を問いかけ、上記のような批判的視点を持って吟味する姿勢が求められます。
専門家を否定するのではなく、その専門知識を最大限に活用しつつも、その情報が本当に信頼できるものなのか、偏りはないのか、という「問い」を常に持ち続けること。それが、情報過多の時代を生き抜く私たちにとって、真に役立つ批判的思考の力となるでしょう。